「自分」と向き合う臨床心理学
―学生相談とアバター研究から考える主体性―

時岡 良太

生活環境学部 心身健康学科 臨床心理学コース 専任講師



―― 先生は生活環境学部心身健康学科の臨床心理学コースにご所属されていますが、まず「臨床心理学」とはどのような学問分野なのか教えてください。
 心理学とは、人間の心を探究する学問です。その中には、発達心理学、社会心理学、認知心理学など、さまざまな分野があります。臨床心理学もその一つで、カウンセリングなどの心理的支援と深く関わる学問です。
 臨床心理学では、どうすればよりよい心理的支援ができるのか、支援を求める人がどのような悩みを抱えているのか、また、その悩みからどのように回復していけるのかを考えます。人の心を理解するだけでなく、その理解を実際の支援に生かしていくところに、大きな特徴があります。

―― 先生のご研究について、「不本意入学」「アバター」「自己」「学生相談」などのキーワードを拝見しました。現在、特に注目して取り組まれている研究テーマについて教えてください。
 一見すると、それぞれのテーマは別々のものに見えるかもしれません。しかし、私の中では「主体性」というテーマでつながっています。
 人は、自分の置かれた環境や人との関わりの中で、自分をどのように感じ、どのように主体的に生きていけるようになるのか。そのことに関心を持っています。学生相談に関する研究も、アバターや自己に関する研究も、根本には「人が主体的に生きていると感じられるようにするにはどうすればよいのか」という問いがあります。
 最近、特に関心を持っているテーマの一つがアバターです。アバターを、単なるインターネット上のキャラクターとしてではなく、「ネット上の自己」として捉えたとき、人の心や主体性に対してどのような意味を持つのかを考えています。

―― 「不本意入学」や「学生相談」に関するご研究は、大学生の支援や大学生活の理解にどのようにつながっているのでしょうか。
 不本意入学とは、簡単に言えば、不本意な思いを持ちながら大学に入学することです。学生相談の現場では、悩みの背景に不本意入学がある学生に出会うことがあります。私が不本意入学について研究するようになったのも、学生相談の中でそのような悩みを聞く機会があったことがきっかけです。
 不本意入学を経験した学生が、大学生活の中でどのように主体性を育んでいくのかを明らかにすることは、同じような悩みを抱える学生への支援にもつながると考えています。大学生活に前向きになれない学生が、どのような経験を通して「この大学で学ぶ意味」や「自分の進路」を見出していくのかを考えることは、学生相談においても重要です。

―― 不本意入学を経験した学生が主体性を育むうえで、どのようなことが重要なのでしょうか。
 不本意入学に至る理由にはいくつかのパターンがあります。例えば、学力的な理由で第一志望の大学に行けなかった場合があります。他には、そもそも大学に行きたいと思っていなかったけれど、周囲の勧めなどによって進学した場合もあります。
 調査を進めると、前者の場合は、さまざまな経験を通して「この大学に入ってよかった」と思えるかどうかが大切になることが見えてきました。一方、後者の場合は、将来やりたいことや、なりたい自分のイメージが明確になっていくことが、主体性を育むうえで重要になります。
 近年は、大学進学率が上がり、かなり多くの人が高校卒業後の進路として大学等の高等教育機関を選ぶようになっています。その中で、本人の強い希望というより、周囲の勧めなどによって消極的に進学を選んだ学生が、入学後に「これでよかったのか」などといった悩みを抱える場合も多くなってきているのではないかと感じています。そうした学生が、自分の進路や大学生活にどのように意味を見出していくのかを考えることは、今後さらに大切になるのではないかと思います。

―― 「アバター」や「自己」に関するご研究は、臨床心理学の中でどのような意義があるのでしょうか。
 アバターの研究も、結局は「人間とは何か」「自己とは何か」という問いにつながると考えています。臨床心理学というと、カウンセリングなどの心理的支援に直接関わることだけを研究する分野だと思われるかもしれません。しかし、心理的支援を考えるうえでは、人間をどのように理解するかという視点が欠かせません。
 私は、アバターを「ネット上の自己」として捉えることに関心を持っています。アバターを使ったコミュニケーションが、その人にどのような影響を及ぼすのか。また、その人の心にとってどのような意味を持つのか。そうしたことを考えることで、現代における自己のあり方や、人間理解の基盤に迫ることができるのではないかと思っています。
 アバターの研究は、直接的にカウンセリングの方法を示すものではないかもしれません。しかし、人が自分をどのように感じ、どのように表現し、他者と関わるのかを考えるうえで、臨床心理学にとって重要なテーマだと考えています。

時岡先生の著書『「自分」とは何か―日常語による心理臨床学的探究の試み―』

―― 学生相談室でのご経験は、先生の研究テーマや研究の進め方にどのような影響を与えていますか。
 私にとって、学生相談の実践と研究は非常に密接に結びついています。不本意入学の研究も、学生相談の中でそうした悩みを聞くことが多いと感じたことが出発点でした。
 臨床心理学では、研究と実践を切り離して考えることは難しいと思います。もちろん、心理学にはさまざまな分野がありますが、臨床心理学は特に実践と深く結びついた分野です。研究で得られた知見が、最終的に実践に生かせるかどうかは、とても大切な視点だと考えています。
 また、公認心理師や臨床心理士のような支援職にも、研究的な視点は求められます。研究者であっても実践への視点は欠かせませんし、支援職であっても研究的に考える力が必要です。私自身も、実践と研究の両方に関わりながら、人の心を理解し、支援につなげていくことを大切にしています。

―― 研究を進める中で、やりがいを感じるのはどのようなときですか。また、難しさを感じる点があれば教えてください。
 やりがいを感じるのは、自分の中で考えてきたことが、ある時ふっとつながって見えてくる瞬間です。これまでの臨床経験や理論とのつながりが見え、頭の中が整理されるような感覚があります。
 また、実際の臨床で感じていたことと、調査や分析で得られた結果が重なったときにも面白さを感じます。自分の感覚だけではなく、データとしても確かめられたときには、研究として一歩進んだ手応えがあります。
 一方で、難しさもあります。予想していたような結果がデータとしてはっきり示されないこともあります。また、臨床心理学では、少数の事例を丁寧に検討する事例研究も重要ですが、その価値を社会にどのように伝えるかは難しい課題です。一人ひとりの経験を深く理解することの意味を、研究としてどう示していくかを常に考えています。

―― 先生が心理学に関心を持たれたきっかけを教えてください。
 高校の倫理の授業で、フロイトやユング、アイデンティティの話に触れたことがきっかけです。また、哲学的な「人間とは何か」という問いにも関心を持っていました。
 大学に入って心理学関連の授業をいくつか受けてみると、臨床心理学には答えのない面白さがあると感じました。人間の心を一つの答えにまとめることはできませんが、だからこそ考え続ける面白さがあります。哲学的なことにも関心はありましたが、実際に学ぶ中で、私は臨床心理学の方に強く惹かれていきました。

―― 先生が「主体性」を重要視されているのはどうしてでしょうか。
 主体的に生きられることは、人生の中で悲しいことやつらいことがあったとしても、そこに揺らされすぎずに歩んでいくための基盤になるのではないかと考えています。
 人は、思い通りにならない出来事や、悩みを抱えることがあります。その中で、自分がどうしたいのか、どのように生きていきたいのかを少しずつ感じられるようになることは、心理的な支援においても大切です。いかに人が主体的だと感じられるようにしていけるかは、支援の基盤に関わるテーマだと思っています。

―― 今後の研究の展望や目標について教えてください。
 人がいかに主体的になれるのかという問いは、今後も根本的なテーマとして持ち続けたいと考えています。その問いにどのようにアプローチしていくかという一つの方法として、アバターの研究があります。
 アバターを使うことと主体性がどのように結びつくのか。ネット上の自己表現や、現実とは異なる自分のあり方が、その人の心にどのような意味を持つのか。そうしたことを考えながら、主体性や自己のあり方についてさらに研究を深めていきたいと思っています。

―― 最後に、この記事を読む高校生や大学生の中には、進路や人間関係に悩む人も少なくないと思います。読者に向けてメッセージをお願いします。
 高校生や大学生の時期は、今後どうしようかと悩むことの多い時期だと思います。だからこそ、大いに悩んでもらってよいのではないかと思います。
 臨床の実践では、すぐに答えを与えるというよりも、その人の悩みに寄り添うことを大切にします。悩みを早く解決してしまおうとするのではなく、しっかり悩むことにも意味があります。
 進路や人間関係に迷うことは、決して悪いことではありません。その悩みの中で、自分が何を大切にしたいのか、どのように生きていきたいのかが少しずつ見えてくることもあります。焦らずに、自分の悩みと向き合ってもらえたらと思います。

― 学生記者の声 ―

生活環境学部・山下 未結さん

 先生の、カウンセラーの活動の中で出てきた疑問や問題点を研究するという二刀流の姿が印象的でした。先生の研究テーマはじめ、臨床心理学は、私たちの日常の中で持つ悩みや苦しみ、また喜びとも深く関わっているので、自分自身の経験がそのまま学問とリンクする面白さがあると感じました。また、自分の悩みを解決するだけでなく、他者の悩みを理解するのにも非常に役立つ知識だと思ったので、多くの人に届けていきたいと思いました。



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